27 July 2015

アルクティクム Arktikum Tiedekeskus ja Museo (Museum and Arctic Science Centre)

Arktikum (アルクティクム 北極圏情報センター)

聞きなれない名前かもしれませんが、この博物館は実はRovaniemi (ロヴァ二エミ)にあります。

この ブログを読んでくださっている方々は、ご想像できるかと思いますが、私は北、それも北極圏の文化に興味がありますし、そこの自然や風景が好きです。

私たちが行ったのは8月半ばでしたが、この日は曇りで気温は16℃でした。

ロヴァ二エミの空港は動物のぬいぐるみなどが荷物受取のターンテーブルに飾ってあるこじんまりとした可愛らしい所でした。




   


Rovaniemi というと、サンタクロースで有名ですが、もちろんそれだけではありません。

ここは あの Lordi の出身地でもあります。 実はRovaniemi の街の中心に彼らの手形があります。
 


そして、さらにタイトルにした Arktikum.  ここは最初の予定には入っていませんでした。 でも、観光案内所でここを勧められたので行ってみることにしたのです。

行ってみると、非常に面白くよくできた博物館でした。 北極圏に住んでいる人たちの生活、歴史、文化を垣間見ることが出来るだけでなく、その自然も非常によく展示されていたと思います。

余談ですが、よくフィンランドで感じることですが、地方の博物館や美術館を訪れるとその質の高さに驚かされます。 規模は小さいところが多いですが、その分中身は非常に充実していてその教養の高さは世界に勝るところがたくさんあると思います。 

フィンランドは日本やイギリスなどと比べると人口も非常に少なく世界の舞台に表立って出てくるような国ではないような印象があります。 

私の住んでいるイギリスではフィンランドの場所、首都、また EUであるということなどまったく知らない人もいます。 克て一世を風靡した Nokia phone がフィンランドの会社であったということすら知らないで使っていた人も多いと思います。 さらに、その発音からNokia を日本の会社だと勘違いしていた人に会ったこともあります。 

さて、ここでは北極圏についての情報が調べられます。 このセンターのウェブサイトは非常に興味深いです。

いつも、北極圏に住んでいる人々について考えるとき、人間とは本当に不思議なものだと思ってしまいます。

何故そのように人が住みにくいところに住んでいるのか。 現代人はそこに住まなくてもいいのですね。それでも、そこに住み、その生活習慣を守り続ける。特に厳しい自然のなかで生活していると、生存と文化保存は一体であり、また、それが義務や使命ではなく、本能のようなものになるのでしょうか。 
 
日本やイギリスといった極地に比べて非常に住みやすいところに生まれ育ち、生活しているとどうしても、そんな疑問が浮かんできてしまいます。 


 



19 July 2015

Koli  自然と芸術


Koli の自然は 日本では見たこともないようなものでした。美しいというよりも時の重みを感じさせるようなそんな荘厳な景色でした。

 



ここの自然に魅せられ、大きく影響されて数々の作品を残している芸術家がいます。

Eero Järnefert (エーロ ヤルネフェルト 1863-1937)もその一人で、実は 彼はJean Sibelius (ヤン・シベリウス)の奥さんのAino (アイノ)のお兄さんです。 
彼の作品の中に シベリウスの肖像画も見られます。

さて、 Eero Järnefert  はKoli の風景を多く残していますし、また、シベリウスをKoli に連れて行った人のようです。


Pielisjärvi の秋の風景  Eero Järnefert 1899

Pielisjärvi というのは、Pielinenn 湖 という意味です。 Koli はこの湖の湖岸にあります。 

私が行ったのは真夏でした。写真のようにまぶしいほどの太陽とその光を移す湖が印象的でした。 

 一方 Järnefert の絵は秋です。 手前に描かれている白樺の葉はもう黄色に染まっています。 

太陽が雲に隠れていて、雲が岩の上までかかっています。雪が降る前の、秋の静かですこし物悲しい雰囲気を表しているようなそんな絵だと思いました。


                                                           Maisema Kolilta  Eero Järnefert 1928

それと反対に、この絵はおそらく夏のKoli を描いているのではないでしょうか。 

この絵のタイトル、 Maisema Kolilta はおそらく 日本語では「コリの風景」だと思います。 

この絵を初めて見たとき、 木のてっぺんがまっすぐ伸びずに、湾曲しているのがとても不思議
かつ、印象的でした。 長い時を経て成長した木が厳しい自然に耐えかねて曲がってしまったかのような。 そんな印象を受けました。 
よく晴れた日で、湖面が青くひかり、手前の岩には影が映っています。 

Koliに行ったら、このような木があるのかどうか確かめたかったのですが、果たして、てっぺんが左に湾曲している木がありました。
そして、この絵にあるように、このように非常に澄んだ空気が感じられました。


この写真の一番左にある木の上を見てください 


フィンランドの作曲家 Jean Sibelius (1892 - 1957 ) の 交響曲第4番イ短調 も Koli の印象を曲に表していると言われています。

なんとも重厚で深淵な印象の曲です。 他の、シベリウスの曲のイメージとは少し異なるのではないでしょうか。 
色々な指揮者がシベリウスのこの曲を演奏していますが、独断と偏見で、やはり、私は 
Lahti Symphony Orchestra Osmo Vänskä, (ラハティ 交響楽団 オスモ ヴァンスカ)のものが一番好きです。
余談ですが、Lahti にはSibelius Hall と呼ばれる素晴らしいコンサートホールがあります。


美しい自然、広大な自然 というものに人々は魅せられることが多いですが、ただ、そこに存在するだけで人間に大きな影響を与えるものなのだと、Koli の自然を見てそう感じさせられました。 


17 July 2015

Karelia カレリア



フィンランド人に、夏にフィンランドに行くとしたら、どこがいいか と質問したことがあります。

その人は、「それなら、是非 Koli コリ に行きなさい。」 と Koli を勧めてくれました。

Koli は北カレリア地方に位置します。フィンランド語ではカーリヤラ(Karjala)です。

Koli について書く前にカレリアについて少し書きたいと思います。 

カレリアは歴史的に複雑で特に、ラドガ湖周辺は冬戦争(1939-1940)以来旧ソビエト(ロシア)に割譲されています。 

現在地図上で見られるカレリア共和国 は ロシア連邦の一部です。

ロシアといっても、地名はフィンランド語のような発音をするところが現在も多くみられるのは、その歴史的な背景のためではないでしょうか。

一般的に、カレリアの問題についてメディアで触れられることは少ないですが、フィンランド人の中には個人的にカレリアが割譲されたことを悲しく思っている人もいるようです。 割譲によってその地を追われたカレリア住民の生活、記録、思いをつづった本もあります。 ("Remembering Karelia - A Family's Story opf Displacement during and after the Finish Wars"  by Karen Armstrong 2004)


さて、もう一つ、カレリアといえば、「カレリアンパイ Karjalan Piirakka 」ではないでしょうか。


ミルクを混ぜてクリーム状にしたお米が中に詰まっているパイです。

フィンランドのホテルの朝食には必ずこれがあります。 たいてい、卵バターをつけて食べます。 人によって好き嫌いがあるようですが、私はこのなんとも言えない不思議なパイが大好きです。私は、これを食べなければフィンランドに来たと感じられません。 

スーパーやデパートの食品売り場などで買うことが出来ます。 

ロンドンにも北欧の食べ物を出すカフェがあり、そこでこのパイを食べることが出来ます。



さて、まず、初めて行ったカレリア地方の街は Joensuu ヨエンスー でした。 

へルシンキから飛行機で日本へ向かう時に必ず、上空を通過していく街です。  

街としては大きな街ですが、人口はたいへん少なく、夏であったにもかかわらず、町全体は非常に日中は静かでした。
 



ここに行ったときには、初めてたくさんのキノコを見ました。 あまりにそれが珍しくて今、その時のアルバムを振り返ってみるとキノコの写真ばかりが見られます。

 



「昼間は静か」と先に述べましたが、実は週末の夜に思いもかけないことがありました。

なんと、夜中にバイクの爆音が響きました。 

写真の通り、街は車も少なく、まっすぐな道が続いています。 スピードを出すのにぴったりの条件なんですね。

ヨエンスーの若者たちは(多分、若者でしょう)このようにして楽しむのでしょうか。 まあ 少々迷惑ではありましたが。 








12 July 2015

フィンランドの絵画 4 マリア ウィーク




Maria Wiik 1889

ヘレネ シェルフベックと ほぼ同時代に活躍した女性画家に マリア ウィーク (Maria Wiik 2 August 1853 - 19 June 1928 ) がいます。 彼女もヘルシンキで生まれ、ヘレネ シェルフベック(Helene Schjefbeck)の友達でもありました。



この絵のタイトルは Maailmalle (世界)です。 英語のタイトルではOut into the worldとなっています。 

これから出かけていく支度をしている女性。 足元にはカバンが見えます。 彼女のは毅然とした表情で衣服を整えているようなそんな仕草をしています。 

立っている彼女の後ろに座っているのはお母さんでしょうか。 自信に満ちた彼女の表情に対して、この老女の表情は複雑です。 心配、と あきらめの混ざったようななんとも頼りない表情。

この絵は1900年 パリの万国博覧会で 銅メダルを受賞しています。 


  
                                                                       Akseli Gallen-Kallela 1893  
 
さて、この絵のタイトルは Windswept Girl 日本語では「風に立ち向かう少女」とでも言うのでしょうか。 この絵はAkseli Gallen-Kallela (アクセリ ガーレン‐カッレラ)の作品です。

場面は崖の上、強い風が吹いています。 彼女の髪も風に流され、スカートも大きく揺れています。下に描かれているのは湖でしょうか、それとも海でしょうか。 水面が荒れています。

背景は全く違う絵ですが、この少女の動作はマリア ウィークの作品と殆ど同じです。 ガーレン‐カッレラは室内から屋外に場面を変えて同じようなモチーフの絵を1893年に描いています。

私のフィンランド語の知識はまだまだ学術書が読めるまでに至っていませんので、この二人の画家にどのような交流があったのかはわかりません。 

ただ、両画家とも、ほぼ同時にパリに滞在していますし、フィンランド人同士、交流があったことは容易に想像できます。 

画家が他の画家のモチーフを利用することはよくあることですが、外の世界に旅立つ支度をしている女性の姿を疾風が吹いている崖の上に立つ少女の姿として現していることが非常に興味深く、多くを物語っている作品だと思います。


10 July 2015

フィンランドの絵画 3 ヘレネ シェルフベック


Self portrait 1884-1885 (自画像 1884年-1885年)

Helene Schjefbeck は 1862年 7月10日 にヘルシンキで生まれました。 

そうです、今日です。 生誕153年というところでしょうか。 

彼女は多くの自画像を残していることで有名ですが、今回の日本での展覧会でもその一部が見られるのではないでしょうか。

年齢を重ねるにつれて簡略化されていく彼女の自画像。 
    
1885年

 1912年 

 1944年

1945年

晩年の彼女の自画像はほとんど線と影だけになっています。 面白いのは彼女の眼差し。1885年、1912年、1945年の自画像はほとんど同じ方向を見つめています。

そして簡略化度が増すにつれてそこに表現されているものは深く、見るものに多くを語っているように思います。 
画家としてその技術が向上するにつれて、簡単な表現でより深いものを表すことが出来るようになるのでしょうね。

ドイツ語と英語ですが、面白い画像を見つけました。 ご覧になりたい方は、画像の文字をクリックしてください。
 





 

9 July 2015

フィンランドの絵画 2

初めてフィンランドに行ったのは1997年です。 

フィンランド絵画に初めて触れたのもその時です。 

昔、西洋美術の図像学を勉強したときには、絵画のテーマはキリスト教に関するものでした。
聖書の中から取られた場面、また逸話、聖人伝などをテーマとしつつも、画家独自の個性と才能を表現している、一枚一枚の絵画に興味を持ちました。 

フィンランドの絵画のテーマは一般に生活習慣、風景、肖像画、物語の一場面などが多く描かれています。 

気候、風土の違いからそこに表されている場面は非常に私にとって珍しく、心を惹かれるものです。

                                                        ヘルシンキ アテネウム美術館

これは、Pekka Halonen (ペッカ ハロネン)の The Short Cut  (近道)1892 ですが、
丸太を橋のように川に渡して、その上を歩いていく少女たちの絵が描かれています。

こちらを向いている少女の表情には笑みがこぼれています。 また、先を行く少女の足取りは軽く、面白がっている様子が見て取れます。 

冬の間はおそらく、凍った川の上を歩いて行ったのでしょうね。 寒さが厳しいところでは湖が凍るだけではなく、川も海も凍ります。 冬になるとそこは道になるのですね。 でも春になって気温が上がってくるとその道は消えてしまいます。 自然に生活を合わせていた当時の習慣が描かれていて面白く思いました。 

一般に、北 に対して暗いイメージを持つことが多いのではないでしょうか。 確かに厳しい環境の中の絵画もそれを反映しているものが多くみられます。 でも、そんな中でこの絵を見ると、思わず微笑みが浮かんでくる。 そんな絵だと思いました。








5 July 2015

フィンランドの絵画 1 

久しぶりのブログです。 

今日、購読している日本経済新聞のサイトを見ていたら、日本で私の大好きな ヘレネ・シェルフベックHelene Schjerfbeckの展覧会をしていることを知りました。 来年の3月末まで日本中を
回るようです。3月には神奈川県でも展覧会が行われる様子。 帰国したときにぜひ
見に行きたいものです。

19世紀後半から20世紀半ばにかけてのフィンランド絵画にかなり前から興味があり、
フィンランドに行くたびに、美術館を訪れて鑑賞しています。

フィンランドにも優れた画家がたくさんいますが、この時期の画家では Akseli Gallen-Kallela (アクセリ ガーレンーカッレラ),   Maria Wiik(マリア ウィーク),  Helene Schjerfbeck (ヘレネ シェルフベック),  Pekka Halonen(ペッカ ハロネン),  Eero Järnefelt(エーロ イェーネフェルト),  Albert Edelfelt(アルベルト エデルフェルト)、Hugo Simberg (ヒューゴ シンベルグ)などが有名で、ヘルシンキのアテネウム美術館 ( Ateneumin Taideomuseo ) で見ることが出来ます。

日本で、展覧会が開かれているHelene Schjefbeck は女性画家で、自画像を多く残しています。 若いころから晩年までの自分を見つめて描写していますが、次第に表現方法が簡略化していっているのが、非常に面白いです。 

初めて彼女の絵をアテネウムで見たときに心に焼き付いた作品は今回日本にも来ている
"Haavoittunut soturi hangella"1880 (雪の中の負傷兵)です。力なく木に寄り掛かる若い兵士。

遠ざかっていく兵士の列についていくことはもう不可能なのでしょう。 そこに置き去りにされた彼に待っているものは…。 絶望的な場面を静かに描いています。 深く心を打たれる絵だと思いました。 傷ついて、真冬の雪の上に取り残されるということは非常に恐ろしいことではないでしょうか。 

                                 ヘルシンキ アテネウム美術館蔵